2021年05月23日

2021年 活動の報告 

大根地区古道散策 

日 時 令和3年5月15日(土)9:00〜12:00
主 催 秦野市立大根公民館
協 力 まほら秦野みちしるべの会

@東海大学前駅
 大根地区は明治22(1889)年の町村制施行に伴い、落幡、南大名、北矢名、下大槻、真田の各村が合併し、大根村が誕生。昭和30(1955)年真田を除いて秦野市に編入(真田村は平塚市に合併)。落幡を除いて大字名になった。
A砂田台遺跡(秦野精華固)
 昭和61(1986)年からの調査により、縄文時代から中世にかけての集落祉が見つかった。出土品のうち鉄剣を再加工した鉄器などは平成13(2001)年に県指定重要文化財となった。
B前田夕碁の歌碑(大根小学校)
 「ひまわりは 金の油を身に浴びて ゆらりと高し 日のちいささよ」 前田夕暮(洋造)(1883〜1951) 西行の「鴫立つ沢の秋の夕暮」から号をとった。歌碑は昭和60(1985)年度の卒業記念として建立された。
C八声橋
 鎌倉3代将軍源実朝は建保7(1219)年に鶴岡八幡宮参拝の帰りに甥の公卿に暗殺された。武常暗が御首を持ち波多野氏の館を目指していた。この橋の清流で休んでいると、夜明けを告げる鳥の声が8回聞こえ館へ急がせたという伝説が残る。
D矢名宿市
 「毎歳七月十二日、十二月二十四日市立、盆会歳始の用具を驚ぐ、是を矢名宿市と唱ふ」と新編相模国風土記稿に記される。
E東光寺薬師堂
 医王山薬師院 境内の入り口には市内に2つしかない仁王門がそびえ立つ。薬師堂は慶長8(1603)年、仁王門は安永3(1774)年に建立された。薬師堂は明治25(1892)年に改修されたが老朽が進み、令和2(2020) 年新築された。12年に一度、寅年にだけ開帳される木造薬師如来立像や聖観音菩薩立像、毘沙門天立像 などは行基の作と伝えられる市重要文化財指定の像が安置される。
Fニ子塚古墳
 市内唯一の前方後円墳。出土遺物から6世紀後半から7世紀の古墳と推測される。昭和58(1983)年県史跡に指定。平成22(2010)年の調査で銀装圭頭太刀は全形のわかるものとして県初出土例。鞘尻金具、鉄鎖、耳環、玉類、須恵器など平成25(2013)年市重要文化財に指定。
G広畑ふれあいブラザ ー休憩・トイレー
H日枝神社
 根古屋城の鬼門に建てられていたが、小田急線の建設工事のため取り壊され、現地に移転。ここは江戸時代には地蔵堂があったが、明治の廃仏毀釈により空き地となっていた。堂は平成5(1993)年に火災にて消失、その後再建された。
I矢名学校跡
 大根小学校は明治6(1873)年の平塚市天徳寺の椰文堂に始まる。同13(1880)年に矢名・真田・金目に分かれ、同25(1892)年、真田校と矢名校は合併し、欠名校の校舎を用いて村立尋常大根小学校となった。2年後に高等科が併設され、同33(1900)年に現在の大根小学校の地に新築移転された。
 
 東海大学前駅12:00着予定
posted by まほら秦野 at 14:50| 大山道を歩く コース編 大根地区

2021年05月16日

2017年08月06日

2017年02月04日

会報「まほら秦野みちしるべ」第9号2017/1/20

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posted by まほら秦野 at 14:55| 活動の歩み

2016年09月26日

富士道を歩く

富士道を歩く 横山信子のイラストマップ

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posted by まほら秦野 at 13:49| 活動の歩み

2016年09月23日

10周年記念誌の内容

“まほら秦野”を次代に引き継ぐ
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posted by まほら秦野 at 07:41| 活動の歩み

2016年09月16日

まほら秦野みちしるべの会 創立10周年記念誌を発行

まほら秦野みちしるべの会
 創立10周年記念誌「まほら秦野みちしるべ」10月20日に発刊


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“まほら秦野”を次代に引き継ぐ
                   まほら秦野みちしるべの会  主宰 武 勝美

 神奈川県のほぼ中央にそびえる端正な大山(おおやま)・別称阿夫利山(あふりやま)は、落語「大山詣で」で知られている庶民の信仰、そして観光の山です。とりわけ、江戸時代は「一夏二十万」とも言われたように、道筋の宿場や休憩所は大山詣での人でたいへんにぎわいました。『大山道・おおやまみち』と呼ばれている大山へ向う道は、相模の国(神奈川県)には網の目のように広がっていました。柏尾通、田村通、八王子通、府中通、羽根尾通、六本松通、そして矢倉沢往還などがその代表的な『大山道』です。道のすべてが大山に通じていた、ともいえます。秦野盆地を通る『大山道』は、羽根尾通、矢倉沢往還、蓑毛通(富士道)、坂本通があります。

「まほら秦野みちしるべの会(略称・まほらの会)」は、それらの『大山道』を歩きながら、秦野の歴史や民俗に触れることを目的にして2007年8月26日に設立され活動を始めました。そして2013年1月、当初の目標の一つだった市内11図のイラストマップを完成させました。活動10年目を迎えた今年2016年、「10周年」を寿ぎイラストマップの第二版を上梓することができました。イラストマップ制作担当の横山さん浦田さん、精力的に実地踏査を行った全会員に称讃の拍手とねぎらいの言葉をおくります。

「まほら秦野」の『ま』は「真」、『ほ』は「秀」、『ら』は「あちら」「のら・野良」など場所を表す語の「ら」。秦野に生まれ、秦野で暮らしてきた私は、「秦野に育てられた」と心から思うのです。秦野は秀でた地、まさに『まほら秦野』です。

「ふるさと秦野を知り、秦野を好きになり、“ふるさと秦野”を育てよう」――できることならこの思いに共感してくれる人たちと、『まほら秦野』を次代に引継ぎたいと「みちしるべの会」を設立したのでした。この活動に賛同し16名が集まってくれました。その中の7名は「秦野を第二のふるさと」とする人でした。資料観で“侃侃諤諤(カンカンガクガク)”もありました。群馬・長野・静岡での研修は充実し、楽しいものでした。そうしたフィールドワークを中心にした活動から、私たちは「生活の平穏と心の安らぎを野仏に託した往時の人々の心、そして生き方」を学びました。
 この記念誌の刊行で、《次世代に渡したいもの》を私たちなりに明らかにすることができました。「まほらの会」は次の一歩を踏み出します。

◇活動の目標(2007年8月策定)
1 秦野市内を通る大山道の道標の所在地を確認、記録する。
2 市内のある大山道道標を訪ねるウオーキングマップの作成。
3 「まほら秦野・大山道」を次代に引き継ぐ。(案内人を目指す)

  
posted by まほら秦野 at 08:37| 活動の歩み

2015年02月08日

会報「まほら秦野みちしるべ」NO7  

会報「まほら秦野みちしるべ」NO7  2015年1月10日発行

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posted by まほら秦野 at 10:37| 活動の歩み

2015年01月07日

古道・大山道を歩く― イラストマップ展示会のご案内

 私たち「まほら秦野みちしるべの会」は、このたび秦野市制施行60周年記念市民企画事業の一環として「まほら秦野みちしるべ― 古道・大山道を歩く― イラストマップ展示会」を本町公民館のご協力を得て次のように開催いたすことになりました。
                
 まほら秦野みちしるべ
   ―古道・大山道を歩く― イラストマップ展示会

・会 場  秦野市立本町公民館 展示コーナー
・日 時  平成27年1月10日(土)〜18日(日) 9時〜17時
・関連のミニ講座(いずれも14時より)
     市内7地区11図の解説など
      1月10日(土) 東地区、上地区
       11日(日) 西地区、北地区
       12日(祝) 富士道を歩く
       17日(土) 大根地区、鶴巻地区
       18日(日) 南地区、本町地区  
 

 「まほらの会」は、市制施行50周年記念『市民がつくる広報はだの』の編集に関わった者が呼びかけ人なり平成19年に設立されました。本会は「市内を通る古道・大山道や矢倉沢往還などを歩き、道標や路傍の石造神仏像の在り処を確認しイラストマップとして描きとめ、次代に引き継ぐ」ことを活動の主目標にしています。その活動も昨年11月に、市内全7地区・11図のイラストマップ発行に漕ぎ着けることができました。
 ご高覧を賜り本会のこれからの活動のためのご指導をいただきたく、ここにご案内申し上げます。

posted by まほら秦野 at 15:07| 会からのご案内