2016年09月16日

まほら秦野みちしるべの会 創立10周年記念誌を発行

まほら秦野みちしるべの会
 創立10周年記念誌「まほら秦野みちしるべ」10月20日に発刊


mahoratop2.jpg

“まほら秦野”を次代に引き継ぐ
                   まほら秦野みちしるべの会  主宰 武 勝美

 神奈川県のほぼ中央にそびえる端正な大山(おおやま)・別称阿夫利山(あふりやま)は、落語「大山詣で」で知られている庶民の信仰、そして観光の山です。とりわけ、江戸時代は「一夏二十万」とも言われたように、道筋の宿場や休憩所は大山詣での人でたいへんにぎわいました。『大山道・おおやまみち』と呼ばれている大山へ向う道は、相模の国(神奈川県)には網の目のように広がっていました。柏尾通、田村通、八王子通、府中通、羽根尾通、六本松通、そして矢倉沢往還などがその代表的な『大山道』です。道のすべてが大山に通じていた、ともいえます。秦野盆地を通る『大山道』は、羽根尾通、矢倉沢往還、蓑毛通(富士道)、坂本通があります。

「まほら秦野みちしるべの会(略称・まほらの会)」は、それらの『大山道』を歩きながら、秦野の歴史や民俗に触れることを目的にして2007年8月26日に設立され活動を始めました。そして2013年1月、当初の目標の一つだった市内11図のイラストマップを完成させました。活動10年目を迎えた今年2016年、「10周年」を寿ぎイラストマップの第二版を上梓することができました。イラストマップ制作担当の横山さん浦田さん、精力的に実地踏査を行った全会員に称讃の拍手とねぎらいの言葉をおくります。

「まほら秦野」の『ま』は「真」、『ほ』は「秀」、『ら』は「あちら」「のら・野良」など場所を表す語の「ら」。秦野に生まれ、秦野で暮らしてきた私は、「秦野に育てられた」と心から思うのです。秦野は秀でた地、まさに『まほら秦野』です。

「ふるさと秦野を知り、秦野を好きになり、“ふるさと秦野”を育てよう」――できることならこの思いに共感してくれる人たちと、『まほら秦野』を次代に引継ぎたいと「みちしるべの会」を設立したのでした。この活動に賛同し16名が集まってくれました。その中の7名は「秦野を第二のふるさと」とする人でした。資料観で“侃侃諤諤(カンカンガクガク)”もありました。群馬・長野・静岡での研修は充実し、楽しいものでした。そうしたフィールドワークを中心にした活動から、私たちは「生活の平穏と心の安らぎを野仏に託した往時の人々の心、そして生き方」を学びました。
 この記念誌の刊行で、《次世代に渡したいもの》を私たちなりに明らかにすることができました。「まほらの会」は次の一歩を踏み出します。

◇活動の目標(2007年8月策定)
1 秦野市内を通る大山道の道標の所在地を確認、記録する。
2 市内のある大山道道標を訪ねるウオーキングマップの作成。
3 「まほら秦野・大山道」を次代に引き継ぐ。(案内人を目指す)

  
posted by まほら秦野 at 08:37| 活動の歩み